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【懐かしの昭和アイドル】宮崎美子 篠山紀信が撮った乳首ポッチ・マン毛チラリなど秘蔵グラビア画像

宮崎美子 プロフィール
(みやざき よしこ)
本名:宮崎 美子
別名義:宮﨑 淑子(旧芸名)
(みやざき よしこ)
生年月日:1958年12月11日(61歳)
出身地:熊本県熊本市
身長:156 cm
血液型:A型
職業:女優・タレント
活動期間:1979年 -
配偶者:上川伸廣
(1989年 - 1991年)
事務所:ホリプロ

生まれてから幼稚園までは熊本市に住んでいたが、父親の転勤で大阪府豊中市、大阪市へ。高校2年に進級する際、熊本市内に戻り熊本県立熊本高等学校に編入学。卒業後、熊本大学法学部法律学科に入学。

大学入学後、当時熊本にあった百貨店岩田屋伊勢丹(のちの県民百貨店)のポスターモデルとして、ビキニ姿を披露している。

熊本大学3年生の1979年10月、偶然朝日新聞で見つけた「篠山紀信が撮る!週刊朝日“キャンパスの春”」の表紙モデルに当時交際していた医学部の学生が撮った、化粧けのない素っ気無いスナップ写真を添えて応募。

宮崎美子 篠山紀信がこの写真には勝てないと言った当時の彼氏が撮った応募写真

1980年1月、「週刊朝日」1980年1月25日号の表紙を飾ることになる。撮影後には篠山からグラビアモデルの誘いがあったが、家族に水着姿を見られるのが嫌でその時は断った。

「週刊朝日」宮崎美子の表紙

2月に直接、篠山紀信からミノルタ(現:コニカミノルタ)のCMへの出演依頼がある。ちょうど春休みで時間があり、撮影地のサイパンに旅行気分で行けるという理由でその依頼を受けた。

同年、ミノルタ一眼レフカメラ「X-7」のテレビCMに出演し、TシャツとGパンをはにかみながら脱いでビキニ姿になるという内容で、大反響となる。

さらにCMに使われていた曲も評判になり、このCMコピーを担当した糸井重里が、30秒だけであったCMソングに歌詞を付け足し「いまのキミはピカピカに光って」(作曲:鈴木慶一、唄:斉藤哲夫)としてレコードも急遽発売されるに至るなど、社会現象化した。

『The・かぼちゃワイン』の作者三浦みつるは、たまたま見ていた宮崎の着替えCMにインスピレーションを喚起され、同作の連載に取り掛かったと言う経緯がある。同作品のヒロインである愛称「L(エル)」こと朝丘夏美のモデルが宮崎美子である。

宮崎の出現は、それまでのグラビアモデルはスリムでなければならないという概念を崩すものであり、後に小学館の雑誌「GORO」で、篠山が撮影するグラビアに登場する。ワンピース水着で乳首の隆起も露わなまま、仰向けに横たわるカットがあった。

このCMで各マスコミ媒体に登場する機会が増え、雑誌やテレビにも出演。当時、現役の国立大学(しかも法学部)の学生という硬いイメージと宮崎の柔らかいイメージのギャップが、必ずといっていいほど記事に取り上げられ、その後1980年代以降の「才色兼備の女子大生タレント」というジャンルを定着させた。

ポーラテレビ小説『元気です!』(1980年10月 - 1981年3月)で主演を務め、女優デビュー。その後、『2年B組仙八先生』(1981年4月 - 1982年3月)の出演も果たした。

1989年に『2年B組仙八先生』のアシスタントディレクターを務めていたイースト(当時)の上川伸廣と結婚したが、1年4カ月で離婚した。

[via:https://ja.wikipedia.org/wiki/宮崎美子]

宮崎美子 濡れ場

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