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菊池桃子【懐かしのアイドル】絶大な人気を誇ったアイドル時代のレアな水着グラビア

菊池桃子【懐かしのアイドル】絶大な人気を誇ったアイドル時代のレアな水着グラビア
菊池桃子 プロフィール
(きくち ももこ)
生誕:1968年5月4日(49歳)
出身地:東京都品川区
血液型:B型
学歴:日出女子学園高等学校
戸板女子短期大学卒業
法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻修士課程修了
ジャンル:アイドル歌謡曲、J-POP
職業:歌手、女優
活動期間:1983年 -
(1993年 - )
事務所:パーフィットプロダクション

一男一女の母。元夫はプロゴルファーの西川哲。

菊池の叔母が青山で飲食店を経営しており、レジ横に家族や親族の写真を飾っていた。たまたま来店していた音楽関係者がその中の一枚、菊池が微笑んでいる写真に目を留め、その場で菊池の名前や年齢、事務所に所属していないかなど身上を聞いたという。叔母を介し、後日スカウトされる

1983年10月 - 1984年3月 - ニッポン放送『学園バラエティ パンツの穴』に生徒役で出演し、芸能活動をスタート。

1983年11月 - 学研のアイドル雑誌『Momoco』のイメージガールとなり、創刊号の表紙を飾る。

清純派アイドルとして人気を博し、1985年に行われた日本武道館でのコンサートは、武道館においては当時の時点で最年少公演記録となる。

1988年2月 - ロックバンド「ラ・ムー」を結成。シングルをリリース、ライブも行ったが興行的には失敗。1989年のシングルリリースを最後にバンド活動は凍結。事実上解散となった。以降、菊池は歌手業を抑えて女優業にシフトチェンジする。

1995年5月1日 - プロゴルファーの西川哲と入籍。

1996年8月7日 - 長男を出産。

2001年10月18日 - 長女を出産。長女は乳児期に脳梗塞になり、快復したものの左手足に麻痺の後遺症が残る。

2012年1月28日 - 西川哲と離婚していたことが判明し、菊池本人が同日、所属事務所を通して離婚を正式発表した。具体的な理由については明かされていない。

2人目の子供が障害児であり、就学や学習機会の場を探すのに苦労したことから、子供たちのキャリア形成について問題意識を持ち始め、教育活動を行うようになる。

[via:http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3333094.html]

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